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金沢地方裁判所 昭和56年(ワ)278号 判決

原告 梅沢文子

〈ほか二名〉

原告ら訴訟代理人弁護士 田中幹則

右訴訟復代理人弁護士 智口成市

被告 日新火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 高橋利三郎

右訴訟代理人弁護士 伊達利知

同 溝呂木商太郎

同 伊達昭

同 織田義夫

主文

一  被告は原告らに対し、金一四〇〇万円及びこれに対する昭和五六年七月一四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、二項同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は保険業を営む株式会社である。

2  訴外有限会社大窪建設(以下「大窪建設」という。)は昭和五五年六月二六日被告との間で次のとおり自動車保険普通保険約款に基づく自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(一) 保険期間 昭和五五年六月二六日から昭和五六年六月二六日まで

(二) 被保険自動車 普通貨物自動車(登録番号富一一そ二九五七号)(以下「本件車両」という。)

(三) 自損事故条項

(1) 被保険者 被保険自動車の保有者、運転者、右以外の者で被保険自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者

(2) 保険金の支払責任 被告は、被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により、被保険者が身体に傷害を被り、かつ、それによってその被保険者に生じた損害について自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合、保険金を支払う。

(3) 死亡保険金 被告は、被保険者が右傷害を被り、その直接の結果として死亡したときは、一四〇〇万円を死亡保険金として被保険者の相続人に支払う。

3  訴外亡梅沢一正(以下「亡一正」という。)は、訴外有限会社西永土木(以下「西永土木」という。)の従業員であったが、昭和五五年一二月五日午前一〇時三〇分ころ、同社所有のブルドーザー一台(三菱BD2D型)(以下「本件ブルドーザー」という。)を搬送するため、大窪建設から借受けた本件車両を運転して富山県砺波市花園町四番七三号先国道(三五九号線)路上に至り、同日午前一〇時四五分ころ、同所において、停車中の本件車両に本件ブルドーザーを積載するため、本件車両のセルフローダーを操作してアウトリーガーを伸ばし、運転台を持ち上げ、荷台後部を低くして荷台を傾斜したうえ、本件車両後方の路上に仮設台として金属製の大型タイヤホイル二個を設置し、本件ブルドーザーを運転して右仮設台上を走行中、ブルドーザーのキャタピラが右仮設台から外れ、本件ブルドーザーが本件車両の右側後方に横転し、亡一正は右ブルドーザーの下敷となって、同日午後二時五七分ころ左肺破裂のため死亡した。

4  本件事故は以下に述べるとおり前記自損事故条項所定の保険事故に該当する。

(一) 本件事故は本件車両の「運行」によって生じたものである。

(1) 右自損事故条項所定の「運行」の概念については、自賠法二条二項に規定する「運行」の定義と同様に理解すべきであり、自動車の構造上設備されている各装置のほかクレーン車のクレーン、ダンプカーのダンプ、普通トラックの荷台側板、大型セルフローダー車の荷台、セルフローダー等、当該自動車固有の装置の全部又は一部をその目的に従い操作する行為一切を含むものと解すべきである。

(2) 本件車両は車両系建設機械等の搬送を目的とするセルフローダー付きの大型貨物自動車であり、セルフローダー、荷台は本件車両の固有装置である。

(3) 本件事故は、本件車両の本来の用途、用法に従い、セルフローダーを使用して本件車両の荷台にブルドーザーを積載する作業中に生じたものである。

(4) 本件事故は、本件車両のアウトリーガー左脚が先に延び、右脚が後になったことからブルドーザーが右に転落したというアウトリーガーの異常により発生したものであるから、本件車両の固有装置の異常が直接の原因となっている。

(5) 亡一正は本件車両を運転し本件事故現場へ到着後直ちに訴外西永和男とともに本件ブルドーザーの積載作業を開始し、約一〇分後にはセルフローダーを使用して本件車両の荷台に右ブルドーザーの約三分の二を載せており、同人らは右作業の終了後直ちに本件車両を発進させて本件ブルドーザーを他の工事現場へ運ぶ予定であったこと、右一連の作業がすべて国道三五九号線路上で行なわれていること等からして、本件積載行為が一般の交通に対する危険性をもった作業であり、本件車両の走行と時間的、場所的に接着して密接に関連している。

(二) 一般にセルフローダー車にブルドーザーを積載しようとする場合、ブルドーザーが転落する危険性を予見しうるものであり、また、本件車両が停止していても走行と密接不可分の状態にあったのであるから、本件積載行為(本件車両の運行)と本件事故発生との間に相当因果関係が存在し、その間に被保険者の過失が介在しても、因果関係を切断するものではない。

5  原告梅沢文子は、亡一正の妻であり、原告梅沢建次、同梅沢葉子はいずれもその子である。

6  原告らは、本件訴状の送達をもって、被告に対し、右死亡保険金の支払を求めた。

7  よって、原告らは被告に対し、右死亡保険金一四〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五六年七月一四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実はいずれも認める。

2  同4の主張は争う。

被保険自動車がブルドーザーの運搬用車両であるからといって、ブルドーザーを積載する行為がその方法の如何を問わずすべて被保険自動車の本来の用法に従ったものであるということはできない。本件車両にブルドーザーを積載するにあたっては、本件車両のアウトリーガーを伸ばして運転台を持ち上げ、荷台後部を下げた後、本件車両備付けの道板を荷台後部に装着し、運転台後方にあるウインチのワイヤーをブルドーザーにかけ、右道板上をブルドーザーをバックで自走させながらウインチでこれを引揚げ、荷台上に積載するのが、本件車両の本来の用法に従った積載行為である。しかるに、本件事故は、本件車両にブルドーザーを積載するにあたり、道板やウインチを使用せず、仮設台としては不適当な金属製のタイヤホイル二個を仮設台として使用したため生じたものであり(原告主張のアウトリーガーの異常は認められない。)、本件両車の固有装置は何ら事故発生の原因力となっておらず、ブルドーザーの自走積載作業事故又はブルドーザーの運転操作事故であって、本件車両の運行と本件事故との間に相当因果関係は存しない。

3  同5の事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3、5の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  本件事故の態様

《証拠省略》を総合すると次のとおり認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

1  西永土木は、土木建築請負業、建設重機械のリース業等を営むものであるが、昭和五五年一二月五日、大窪建設から請負った工事のため、富山県砺波市花園町四番七三号先砺波チューリップ公園の空地に置かれていた西永土木所有の本件ブルドーザー一台(総重量三六五〇キログラム、全長(排土板正面向)三・二六五メートル、全幅(排土板正面向)二・一八〇メートル、キャタピラ幅〇・五メートル、接地長一・七メートル)を富山県東砺波郡城端町の大窪建設の工事現場へ搬送することとなり、大窪建設からセルフローダー付きの本件車両(最大積載量一〇トン、長さ九・九四メートル、幅二・四九メートル、高さ二・八〇メートル)を借受け、西永土木の従業員である亡一正が右車両を運転し、訴外西永和男(西永土木の代表取締役、以下「西永」という。)がこれに同乗して、同日午前一〇時三〇分ころ、右砺波チューリップ公園前国道三五九号線路上に到着した。

2  西永は亡一正に対し本件ブルドーザーを本件車両に載せる準備をするよう指示して本件ブルドーザーを同所付近まで自走させたが、その間に、亡一正は、本件車両のセルフローダーを操作してアウトリーガーを伸ばし、運転台を持ち上げ、荷台後部を低くして荷台を傾斜(傾斜角度約一二度)したうえ、本件車両後方の路上に本件車両に積載されていた金属製(鉄製)の大型タイヤホイル(外周の直径約五八・五センチメートル、高さ約二五センチメートル、捻子止め板部直径約三八センチメートル)二個を仮設台として設置した。

3  西永はそのまま本件ブルドーザーを運転して本件車両の荷台に載せようとしたが、キャタピラが右ホイル上で空転し、危険を感じたためこれを中止した。そこで、両名は本件車両に積まれていた道板(木製、長さ約一・二メートル、幅約三〇センチメートル、厚さ約二〇センチメートル)を本件車両の荷台後部に取付けたが、荷台上面から相当はみ出すため、再度右ホイルを仮設台として利用することとした。

4  亡一正らは右ホイルをその中心において本件車両の荷台後方から約七〇センチメートルの位置にずらし、今度は亡一正において本件ブルドーザーを運転し、右ホイル上を走行して前進で本件車両の荷台に積載しようとしたが(地上から荷台後部上面までの高さ約七〇センチメートル)、キャタピラ前部約一メートルの部分が荷台後部を接点として約五四度の角度で荷台に載り、キャタピラ後部(起動輪外周シュ下駄部分)が右ホルイ上に載ったものの、ブルドーザーの重心を荷台に移動するには至らず、キャタピラが右ホイル上で空転してホイルから外れ、本件ブルドーザーが本件車両の右側後方に横転し、亡一正は右ブルドーザーの下敷となって、同日午後二時五七分ころ左肺破裂のため死亡した。

三  本件事故の原因

車両系建設機械を移送させるため、自走又はけん引により貨物自動車等に積卸しを行なうにあたっては、その機械の転倒、転落等による危険を防止するため、十分な長さ、幅及び強度を有する道板を用い、これを適当な勾配で確実に取り付け、または、盛土、仮設台等を使用すべきである(労働安全衛生規則一六一条参照)。

《証拠省略》によれば、一般にセルフローダー付き貨物自動車(セルフローダー車)にブルドーザーを積載する場合、ブルドーザーを自走(前進、後進とも用いられるが、労働基準監督署は前進を指導する。)させて行なうには道板を用い、タイヤホイルは右道板がたわむのを防止するため道板の下に置かれるものであること、大型ブルドーザーの場合、道板に代えタイヤホイルを仮設台に使用することがあるが、本件ブルドーザーは小型の部類に属し、このような小型ブルドーザーではタイヤホイルを仮設台に用いると急傾斜となり、また、本件ブルドーザーの後方向最大安定傾斜角は六五度三〇分であるが、タイヤホイル上ではキャタピラが滑りやすく、起動輪外周シュ下駄部分のバランスを保つのが困難であって危険性が高いことが認められる。

そして、《証拠省略》によると、亡一正らは通常使用していた西永土木所有の運搬用貨物自動車を本件事件当日には車検に出していたため、大窪建設から本件車両を借受けたもので、本件車両を操作したのは本件事件当日が初めてであること、通常西永土木所有の運搬用貨物自動車にブルドーザーを積載するについては同車備付けの道板を使用しており、タイヤホイルを仮設台として使っていないが、タイヤホイルを用いて大型ブルドーザーを積載するのを従前に見たことがあり、本件車両にはタイヤホイルが積まれていたこと、本件車両に積まれていた道板は不慣れのため荷台に適切に取り付けられなかったこと(《証拠省略》に照らすと西永らは右道板を上下逆に取り付けた可能性が高い。)から、安易に本件のタイヤホイルを用いたものであること、本件車両にはウインチが備付けられていたが、西永らはこれに気付かず、全く使用していないことが認められる。

以上の事実に前記認定の本件事故の態様を併せ考えると、亡一正らは摩擦係数が低く、面積も狭く、急勾配となって仮設台としては不適当なタイヤホイルを使用したため、キャタピラが右ホイル上で滑走して外れ、ブルドーザーが転落したものというべきである。

なお、《証拠省略》によれば、ブルドーザーを積載するためウインチを使用することもあるが、その重量からこれのみでブルドーザーを積載するのは困難であり、また、ウインチとブルドーザーの自走とを併用する場合も両者の速度が異なることから余り利用されていないことが認められ、亡一正らが本件においてウインチを使用しなかったことをもって、不適当な積載作業であったとはいえない。

原告は、アウトリーガーの異常が本件事故の直接の原因である旨主張し、《証拠省略》はこれに副うものであるが、《証拠省略》によると、西永は、本件事故後、昭和五六年一月三一日に業務上過失致死、労働安全衛生法違反との罪名で起訴されるまでの間、警察署、労働基準監督署、検察庁における供述では、前記タイヤホイルを使用したためキャタピラが滑走したことが本件事故の原因である旨述べ、アウトリーガーの異常については全く述べていないこと、同年二月九日略式命令を受けた後、同年三月七日になって、西永自ら検察庁に出頭し、アウトリーガーに異常があったと思う旨初めて供述したものであること、その間、被告と保険金の支払について交渉したが、被告から本件事故が本件車両の運行によるものではないとしてその支払を拒絶されていることが窺われ、《証拠判断省略》その他アウトリーガーの異常の存在を認めるに足る証拠はない。

四  本件保険契約の自損事故条項によれば、被告に保険金の支払責任が生じるためには、本件事故が被保険自動車の「運行に起因する」ものであることを必要とする。

そこで、まず「運行」の概念についてであるが、本件保険契約の約款にはこれを特に定義した条項を設けていないのであるから、自賠法二条二項が規定する「運行」の定義と同意義に解すべきである。

前記認定の本件事故の態様によると、本件車両は車両系建設機械等の搬送を目的とするセルフローダー付きの大型貨物自動車であり、本件車両のセルフローダー、荷台は本件車両における固有の装置に該当するものということができる。そして、本件事故は、本件車両の本来の用途に従い、セルフローダーを操作し、傾斜した荷台にブルドーザーを積載する作業において発生したものであり、右積載作業は本件車両の走行に引続き国道上で行なわれ、積載終了後直ちに他へ走行する予定であって、本件車両の走行と時間的場所的に接着しているものである。これらによれば、本件における一連の積載作業は本件車両を当該装置の用法に従って用いたものというべきであり、本件車両の「運行」に該当する。

そして、右にみたところによれば、本件事故は本件車両の運行と密接な関連があるというべきであり、セルフローダーを操作して荷台を傾斜させるという本件車両の運行状態を利用してブルドーザーを積載するについては、その作業中ブルドーザーが転落する危険性は高く、一般人においても事故の発生が予見しうるところであって、本件車両の運行と本件事故との間には相当因果関係があるといわなければならない。タイヤホイルを仮設台に用いたという亡一正らの過失が事故発生の危険性をより高度のものとさせたことは否定できないが、これをもって本件事故が本件車両の運行に起因していないということはできないというべきである。被告は本件車両の運行が本件事故の原因力となっていないとして相当因果関係の存在を否定するが、相当因果関係の有無を判断するについては、本件事故発生について直接の原因であることまで要求するものとは解せられない。

本件事故が前記自損事故条項の他の要件を具備することは前記認定したところにより明らかである。

従って、本件事故は右自損事故条項所定の保険事故に該当する。

五  請求原因6の事実及び本件訴状送達の日が昭和五六年七月一三日であることは記録上明らかである。

六  よって、原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森髙重久)

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